最近、ブログが「書きにくい」と感じるようになったことについて。

f:id:twostars0316:20171227104255j:plain

 

こんにちは、すずきです。ようこそお越しくださいました。

最近、ブログの更新間隔が空いてしまうことについて、ニックネームを本名(ひらがな表記ですが)に変えてみて、状況を打破したいと思っているのですが、なかなかうまく事が運びません。

そこで今日は、「もしかすると、ブログを書きにくく感じさせているものがあるかもしれない」と考えてみることにしてみました。そこで今回は、

この2つについて書いてみようかと思います。まずは「理由(1)」から。

理由(1)アクセスアップ、マネタイズを意識しすぎていたからではないか?

不勉強がたたる

自慢するわけではありませんが、ぼくの「ブログ歴」は無駄に長いです。古くて確かな記憶を辿ると、2001年度には、既にニフティのココログを書いていました。

その後は、いくつもサービス・プロバイダを乗り換えて今日に至っています。

はてなブログに移ってからも、これは数代めかにあたるブログになります。

書き始めこそ、「よし、今度こそしっかりSEOとか考えて、収益化を図るぞ!」などと考えていましたが、元来ぼくは、そうした考えをキープし続けることが苦手な方でして、「読まれやすいブログ」という、読者視点を欠いたものになってしまうのです。

そうしたことを棚に上げて、「昔はもっと自由にものを書いていたよなあ」と思ってしまうのです。

アフィリエイトには不向き?

そうした「勉強嫌い」なのに加えて、「アフィリエイト記事」を書くことに苦手意識を感じてしまっています。A◯ネットさんとか見ていても、「よし、これは売ってみたいぞ!」と思えることが、あまりありません。

ぼくはそば屋の倅として生まれ育ったので、商売人の血が流れているはずなのですが、それがかえってモノやサービスの売買を忌避させているのかもしれませんね。

理由(2)「書く」行為は、孤独で、「自己の深淵」を覗き込む作業なのではないか?

「書く」ことで、自分と出会う

最近読んだあるエッセイに、書くということは元来孤独な作業であり、そのプロセスの中で、それまで気がついていなかった自分と出会うことなんだと書いてあるのを読み、深く首肯しました。そこでは、

「孤立」と「孤独」とは違う。「孤独」の時間は、むしろ努力してでも確保しなければならない(大意)。

と書かれていました。

 

言葉の羅針盤

言葉の羅針盤

 

 

ぼくが「書く」ことに求めているのは、そうした自己の「再発見」なのかもしれません。

「自己」と相対することを避けている?

しかしながら、自己と向き合うということは、ある意味では「危険」な作業です。見たくもない自己の現実を突きつけられることもあります。そうそう毎日行える作業ではありません。こうしたことからも、ぼくはブログを書くことをためらっているのかもしれないのです。